イングランドのサッカー中継やニュースを見ていると、「プレミアリーグ」と「FAカップ」という言葉が頻繁に出てきます。どちらも権威ある大会ですが、「一体何が違うの?」「なぜシーズン中に並行して行われるの?」と疑問に思う方も多いのではないでしょうか。
実は、この2つの大会は開催形式や参加チーム、そして歴史の重みがまったく異なります。この違いを知ることで、イングランドサッカーの奥深さや、現地サポーターがそれぞれの試合にかける情熱の理由がはっきりと見えてきます。この記事では、初心者の方にも分かりやすく、2つの大会の決定的な違いから楽しみ方までを丁寧に解説していきます。
FAカップとプレミアリーグの決定的な違い(基本編)

まず最初に、FAカップとプレミアリーグの最も基本的で大きな違いについて解説します。一言で言えば、「誰が参加できて、どうやって優勝を決めるか」というシステムそのものが異なります。
大会形式の違い:リーグ戦とトーナメント戦
プレミアリーグは、総当たり形式の「リーグ戦」です。20チームがホーム・アンド・アウェイで2回ずつ対戦し、1シーズン(8月から翌年5月)を通して合計38試合を戦います。勝利数や引き分けで得られる「勝ち点」を最も多く積み上げたチームが優勝となります。長期間にわたり安定した強さを発揮することが求められるシステムです。
一方、FAカップは「ノックアウト方式のトーナメント戦」です。負けたらその時点で終わりの一発勝負が基本となります(※ルールの変遷については後述します)。短期決戦ならではの緊張感があり、その日のコンディションや運が勝敗を大きく左右することも珍しくありません。
参加クラブの範囲:トップ20と全カテゴリー
参加できるチームの数と範囲も、両者の大きな違いです。プレミアリーグに参加できるのは、イングランドのトップカテゴリーに属する「選ばれた20クラブ」のみです。成績が悪ければ2部リーグ(チャンピオンシップ)へ降格し、逆に2部から昇格してきたチームと入れ替わります。
対照的に、FAカップは「オープンな大会」として知られています。プロのトップクラブだけでなく、アマチュアやセミプロを含む、イングランドサッカー協会(FA)に登録されたすべてのクラブに参加資格があります。その数はなんと700チーム以上。村の小さなクラブが、世界的なスター選手を擁するビッグクラブと対戦するチャンスがあるのがFAカップの最大の魅力です。
開催期間とスケジュールの仕組み
プレミアリーグは、基本的に毎週週末に行われる「日常の戦い」です。8月の開幕から5月の閉幕まで、コンスタントに試合が組まれています。
FAカップは、リーグ戦の合間を縫って開催されます。予選はリーグ開幕後の早い時期から始まりますが、プレミアリーグのチームが登場するのは年明けの1月(3回戦)からです。そのため、強豪クラブは冬から春にかけて、リーグ戦とカップ戦を並行して戦う過密日程をこなすことになります。
歴史と権威の違い:伝統の重みと最強の称号

次に、それぞれの大会が持つ「ブランド」や「価値」の違いについて見ていきましょう。どちらも素晴らしいタイトルですが、サポーターや選手が感じる重みには異なる性質があります。
世界最古の歴史を誇るFAカップ
FAカップの創設は1871年。これはサッカーの大会として「世界最古」の歴史を誇ります。日本の天皇杯もこのFAカップをモデルにして作られました。イングランドのファンにとって、FAカップは単なる大会ではなく、サッカーの歴史そのものです。「子供の頃、ウェンブリー・スタジアム(決勝の地)でプレーすることを夢見ていた」と語る選手が多いのも、この伝統ゆえです。
世界最高峰の実力を争うプレミアリーグ
プレミアリーグが現在の形で発足したのは1992年です。歴史の長さではFAカップに及びませんが、「世界で最も人気があり、レベルが高いリーグ」としての地位を確立しています。莫大な放映権料により世界中からスター選手が集まるため、プレミアリーグで優勝することは「世界最強クラスのクラブである」という証明になります。
イングランド国内におけるタイトルの価値
タイトルの価値観は時代とともに変化していますが、一般的に「実力のプレミアリーグ」「ロマンのFAカップ」と捉えられています。クラブの経営陣や監督にとっては、チャンピオンズリーグ出場権などが絡むプレミアリーグの順位が最優先される傾向にあります。
しかし、サポーターにとっては「FAカップ優勝」も別格の喜びです。特に長い間タイトルから遠ざかっているクラブにとっては、ウェンブリーでトロフィーを掲げることは、何にも代えがたい至福の瞬間となります。
サポーターが感じるそれぞれの熱狂ポイント
プレミアリーグの楽しみは、シーズンの積み重ねによるドラマです。「今年は残留できるか」「トップ4に入れるか」というハラハラドキドキが数ヶ月続きます。毎週末の試合結果に一喜一憂するのがリーグ戦の醍醐味です。
FAカップの熱狂は、「祭り」に近いものがあります。特に下部リーグのチームにとっては、プレミアリーグのチームをホームに迎えることは街全体のお祭り騒ぎとなります。負けたら終わりの緊張感と、非日常的な対戦カードが、独特のスタジアムの雰囲気を作り出します。
ルールと試合方式の細かい違いを比較

ここでは、試合中のルールや運営方法に関する細かい違いを解説します。特に近年、FAカップのルールには歴史的な変更がありましたので、その点も踏まえて紹介します。
勝ち点制度と一発勝負の緊張感
前述の通り、プレミアリーグは勝ち点(勝ち3、引き分け1、負け0)を争います。引き分けでも「貴重な勝ち点1」として評価される場合があり、無理に攻めずに試合を終わらせる戦術も存在します。
FAカップはトーナメントなので、最終的に決着をつけなければなりません。90分で同点の場合は延長戦、そしてPK戦へと突入し、必ずどちらかが敗退します。そのため、試合終盤の攻防は非常に激しくなり、リーグ戦とは違ったリスクを冒した攻撃が見られます。
再試合(リプレイ)制度の大きな変更
FAカップには長年、「引き分けなら再試合(リプレイ)」という伝統的なルールがありました。90分で決着がつかない場合、延長戦を行わずに後日、相手のホームスタジアムで試合をやり直すというものです。これは格下チームにとって、入場料収入が増える大きなチャンスでもありました。
しかし、2024-25シーズンから、この伝統が大きく変更されました。過密日程の緩和を目的に、1回戦(本大会)以降のすべてのラウンドで再試合が廃止となりました。これにより、引き分けの場合はその場で延長戦・PK戦を行って決着をつけることになり、FAカップの歴史における大きな転換点となっています。
ホーム・アンド・アウェイの考え方
プレミアリーグは公平性を保つため、全チームとホーム&アウェイで必ず1回ずつ対戦します。
FAカップの対戦相手と会場は、すべて「抽選」で決まります。どちらのホームで行うかも運次第です。ただし、準決勝と決勝だけは、ロンドンにある「ウェンブリー・スタジアム」という中立地で開催されるのが通例です。この「聖地ウェンブリーを目指す」という構造が、大会のストーリー性を高めています。
VARなどの設備環境の差
プレミアリーグでは全試合でVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)が導入されていますが、FAカップでは会場によって事情が異なります。下部リーグのスタジアムを使用する場合、設備が整っていないためVARなしで試合が行われることがあります。ハイテクなプレミアリーグとは異なり、審判の目視判定だけで進む試合展開も、FAカップならではの「昔ながらのサッカー」を感じさせる要素です。
優勝特典と欧州カップ戦への出場権

優勝した先に何が待っているのか、という「ご褒美」も両大会では明確に異なります。クラブの目標設定にも関わる重要なポイントです。
プレミアリーグ上位入賞とチャンピオンズリーグ
プレミアリーグの優勝チーム(および4位以内に入ったチーム)には、翌シーズンの「UEFAチャンピオンズリーグ(CL)」への出場権が与えられます。CLは欧州最高の舞台であり、出場するだけで莫大な分配金が入るため、クラブの経営を左右します。そのため、多くの強豪クラブは「FAカップ優勝」よりも「リーグ4位以内」を優先する傾向があります。
FAカップ優勝とヨーロッパリーグ出場権
FAカップの優勝チームには、翌シーズンの「UEFAヨーロッパリーグ(EL)」への出場権が与えられます。ELはCLに次ぐ大会ですが、それでも欧州の舞台で戦えることは大きな名誉です。
もしFAカップ優勝チームが、すでにリーグ戦の順位でCL出場権を獲得している場合はどうなるのでしょうか。この場合、EL出場権は準優勝チームには移らず、プレミアリーグの順位で次点のチーム(通常は6位や7位)に繰り下げられます。
コミュニティ・シールドへの出場資格
FAカップの優勝チームは、翌シーズンの開幕を告げる「FAコミュニティ・シールド」という試合への出場権を得ます。対戦相手はプレミアリーグの王者です。新シーズンの幕開けを飾る記念試合に王者として招待されることも、名誉ある特典の一つです。
賞金額の桁違いな差
金銭面ではプレミアリーグが圧倒的です。プレミアリーグは最下位で降格したとしても、放映権料の分配などで1億ポンド(約190億円以上)近い収入が得られると言われています。
一方、FAカップの優勝賞金は数億円程度です。もちろん大金ですが、プレミアリーグの規模感とは桁が違います。FAカップは「お金」よりも「名誉と伝統」の大会と言えるでしょう。
ジャイアントキリング(番狂わせ)の可能性

FAカップを語る上で絶対に外せないキーワードが「ジャイアントキリング(巨人殺し)」です。なぜFAカップではこれほど多くの番狂わせが起きるのでしょうか。
FAカップ名物「ジャイアントキリング」とは
3部や4部、時にはアマチュアのチームが、プレミアリーグの強豪を倒してしまうことを指します。これはリーグ戦ではまず起こり得ない現象です。リーグ戦なら1回奇跡で勝てても、38試合続ければ実力差が順位に出るからです。しかし、一発勝負のFAカップでは「その90分間」だけ奇跡が起きれば、勝者は弱小チームとなります。
下部リーグのチームがプレミア勢を倒す理由
理由はいくつかあります。まず、プレミア勢は過密日程の中にあり、主力を温存して若手中心のメンバーで臨むことが多い点です。対する下部チームにとって、プレミア勢との対戦は「一生に一度の晴れ舞台」。モチベーションの差は歴然です。
また、会場が下部チームのホームだった場合、ピッチの状態が悪かったり、観客席がピッチに近くて威圧感があったりと、エリート選手たちが普段のプレーをできない環境であることも味方します。
小さなクラブにとっての夢と賞金の重要性
小さなクラブにとって、FAカップで勝ち進むことは財政面での「救い」になります。強豪チームと対戦すれば、テレビ放映権料が入るほか、チケット収入も分配されます。たった1試合で、そのクラブの年間予算数年分を稼ぎ出すことさえあります。FAカップは、イングランドのサッカー文化を下支えする重要なシステムとしても機能しているのです。
観戦をもっと楽しむための注目ポイント

最後に、これまでの違いを踏まえて、観戦時にどこに注目すればより楽しめるかを整理します。また、よく混同されるもう一つのカップ戦についても触れておきます。
プレミアリーグは「継続性」を楽しむ
プレミアリーグを見る際は、チームの好不調の波や、順位表の推移を楽しんでください。「今は怪我人が多いから耐える時期だ」「ここで勝てばトップ4が見えてくる」といった、シーズンを通したストーリーを追うのが醍醐味です。
FAカップは「ドラマ」を楽しむ
FAカップでは、格下のチームを応援してみるのがおすすめです。「有名な選手相手に必死に食らいつく無名選手」「地元の英雄を後押しする熱狂的なサポーター」といった人間ドラマが凝縮されています。また、強豪チームが足元をすくわれる瞬間のスリルは、FAカップならではのエンターテインメントです。
要注意:カラバオカップとの違いも整理
イングランドにはもう一つ、「カラバオカップ(EFLカップ)」という大会があります。これもカップ戦なのでFAカップと混同されがちですが、以下の点が違います。
カラバオカップ(リーグカップ)の特徴
・参加資格:プロリーグ(1部〜4部)の92チームのみ。
・規模:FAカップ(700チーム以上)より小さい。
・優勝特典:カンファレンスリーグ(UECL)の出場権。
・権威:FAカップの方が歴史が古く、格上とされる。
「FAカップは全員参加の伝統あるお祭り」「カラバオカップはプロ限定の大会」と覚えておけば、ニュースを見た時に混乱しなくて済みます。
まとめ:FAカップとプレミアリーグの違いを理解して観戦を楽しもう
FAカップとプレミアリーグの違いについて、仕組みや歴史、そして楽しみ方の視点から解説してきました。要点を振り返ってみましょう。
- 形式の違い:プレミアリーグは年間のリーグ戦、FAカップは一発勝負のトーナメント戦。
- 参加チーム:プレミアはトップ20のみ、FAカップはアマチュア含む700チーム以上が参加。
- 権威の性質:プレミアは「実力世界一」、FAカップは「世界最古の伝統」。
- ルールの変更:FAカップ伝統の「再試合」は、2024-25シーズンから本大会以降で廃止に。
- 優勝特典:プレミア上位はチャンピオンズリーグ、FAカップ優勝はヨーロッパリーグへ。
「最強を決めるリーグ戦」と「夢と伝統のトーナメント戦」。イングランドサッカーはこの2つの異なる大会が並行して進むからこそ、シーズンを通して飽きることのないドラマが生まれます。
次に試合を見る時は、その試合がどちらの大会なのかを意識してみてください。「負けられないリーグ戦の緊張感」なのか、「何が起こるか分からないカップ戦の高揚感」なのか、背景にある違いを知っているだけで、サッカー観戦の面白さは何倍にも広がるはずです。




