グリーズマンの背番号!歴代クラブや代表でのナンバー「7」を徹底解説

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フランス代表のエースストライカーであり、スペインの強豪アトレティコ・マドリードで活躍するアントワーヌ・グリーズマン。彼の華麗なプレーとともに、サッカーファンの注目を集めるのがその「背番号」です。特に「7番」は、グリーズマンの代名詞ともいえる特別なナンバー。

この記事では、グリーズマンが現在背負っている背番号から、プロデビューを果たしたクラブやフランス代表での歴代の背番号まで、その変遷を詳しく解説します。なぜ彼は「7番」に強いこだわりを持つのか、その理由や背番号にまつわるエピソードも交えながら、彼のサッカーキャリアを背番号という視点から紐解いていきます。この記事を読めば、グリーズマンのプレーをより一層楽しめること間違いなしです。

グリーズマンの背番号!クラブと代表でのエースナンバー「7」

世界的なサッカースター、アントワーヌ・グリーズマンを象徴する背番号といえば、多くのファンが「7番」を思い浮かべるでしょう。彼のキャリアを通じて、この番号は特別な意味を持ってきました。現在所属するクラブやフランス代表でも、彼は誇らしげに7番を背負っています。ここでは、彼がなぜこれほどまでに7番にこだわるのか、その理由と背景に迫ります。

現在の所属クラブ|アトレティコ・マドリードでの背番号

現在、グリーズマンはアトレティコ・マドリードで背番号「7」を着用しています。

2021年夏にFCバルセロナから古巣アトレティコ・マドリードへ復帰した当初、彼の背番号は「8」でした。 これは、当時ポルトガル代表FWのジョアン・フェリックスが7番を着用していたためです。 しかし、2023年にフェリックスが移籍したことで7番が空き、グリーズマンは4年ぶりに自身の象徴的な番号を取り戻すことになりました。

アトレティコ・マドリードでは、2014年の最初の加入時から7番を背負い、クラブのエースとして数々のタイトル獲得に貢献しました。 ファンにとっても「アトレティコの7番=グリーズマン」というイメージが強く、彼が再びこの番号を背負う姿に多くの喜びの声が上がりました。

フランス代表での不動の背番号

フランス代表においても、グリーズマンの背番号は「7」で完全に定着しています。 2014年のA代表デビュー当初は「11番」を着用したこともありましたが、すぐに7番を託されるようになりました。

2018年のFIFAワールドカップロシア大会では、全試合で7番を背負い、フランスを20年ぶりの優勝へと導く大活躍を見せました。 大会を通じて4ゴール2アシストを記録し、チームの攻撃を牽引する姿は、世界中のサッカーファンに強烈なインパクトを与えました。フランス代表のエースナンバーは伝統的に10番ですが、グリーズマンの活躍により「レ・ブルー(フランス代表の愛称)の7番」もまた、特別な意味を持つ番号として認識されるようになっています。

なぜ「7番」にこだわるのか?その理由に迫る

グリーズマンが背番号「7」に強いこだわりを持つ最大の理由は、少年時代のアイドルである元イングランド代表のデビッド・ベッカム氏への憧れです。

ベッカム氏は、マンチェスター・ユナイテッドやイングランド代表で長年にわたり背番号7を着用し、世界的なスーパースターとして活躍しました。グリーズマンはインタビューで「子供の頃からベッカムがとても好きだった。長袖のユニフォームを着用し、7番を背負う理由はそれだよ」と語っており、その影響の大きさがうかがえます。

夏の暑い日でも長袖のユニフォームを着てプレーすることが多いのも、ベッカム氏のスタイルを真似しているためです。 憧れの選手と同じ背番号を背負い、同じスタイルを貫くことで、彼は自身のパフォーマンスを高めているのかもしれません。このエピソードは、彼のサッカーに対する純粋な情熱と、少年時代からの夢を追い続ける姿勢を象徴しています。

【歴代クラブ別】グリーズマンの背番号の変遷

グリーズマンのキャリアは、常に順風満帆だったわけではありません。クラブを移籍するたびに、彼の背番号も変化してきました。ここでは、プロデビューから現在に至るまでの各クラブでの背番号の変遷を追い、その背景にある物語を探ります。

プロデビューの地|レアル・ソシエダ時代

グリーズマンがプロサッカー選手としてのキャリアをスタートさせたのは、スペインのレアル・ソシエダです。

2009年にトップチームデビューを果たした当初、彼は若手選手に与えられることが多い「27番」を着用していました。 しかし、すぐにその才能を発揮し、主力選手へと成長。翌2010-11シーズンからは、後に彼の代名詞となる「7番」を背負うことになります。

レアル・ソシエダの7番として、彼は左ウイングを主戦場に躍動し、ラ・リーガ屈指のアタッカーとしてその名を轟かせました。 このクラブで過ごした5シーズンは、彼が世界的な選手へと飛躍するための重要な土台となったのです。

シーズン 背番号
2009-10 27
2010-11 7
2011-12 7
2012-13 7
2013-14 7

参考:

才能が開花した|アトレティコ・マドリード(第1期)時代

2014年夏、グリーズマンは更なるステップアップを目指し、スペインの強豪アトレティコ・マドリードへ移籍します。

ここでも彼は迷わず「7番」を選択。 ディエゴ・シメオネ監督の下で、ウインガーからセカンドトップ(2トップの一角で、より自由に動く役割のフォワード)へとプレースタイルを進化させました。 持ち前の攻撃センスに加え、前線からの献身的な守備も身につけ、攻守にわたってチームに貢献する万能型のアタッカーへと成長を遂げます。

この第1期在籍の5シーズンで、彼はUEFAヨーロッパリーグ優勝など、数々のタイトル獲得の立役者となりました。 アトレティコでの大活躍により、彼は世界最高の選手の一人として確固たる地位を築いたのです。

挑戦と苦悩の時代|バルセロナ時代

2019年、グリーズマンは新天地としてFCバルセロナへの移籍を決断します。 しかし、ここで彼はキャリアで初めて、希望する背番号を手にすることができませんでした。

移籍当時、バルセロナの7番はブラジル代表のフィリペ・コウチーニョが着用していました。 そのため、グリーズマンは「17番」を選んでプレーすることになりました。

翌2020-21シーズンには、コウチーニョの移籍に伴い、念願の「7番」を譲り受ける形で着用します。 しかし、アトレティコ時代のような輝きを完全に取り戻すことはできず、リオネル・メッシらとの連携にも苦しむなど、バルセロナでの2シーズンは彼にとって挑戦と苦悩の時期となりました。

シーズン 背番号
2019-20 17
2020-21 7

 

古巣復帰後|アトレティコ・マドリード(第2期)時代

2021年夏、グリーズマンはファンを驚かせる電撃移籍で、2シーズンぶりにアトレティコ・マドリードへ復帰します。

復帰当初、彼の愛する7番はジョアン・フェリックスが背負っていたため、彼はサウール・ニゲスが退団して空き番号となっていた「8番」を選択しました。

慣れない背番号での再スタートでしたが、彼はプレーでファンの信頼を再び勝ち取っていきます。そして、2023-24シーズンからは、フェリックスの移籍に伴い、ついに「7番」を取り戻しました。 古巣で再びエースナンバーを背負ったグリーズマンは、かつての輝きを取り戻し、チームの絶対的な中心選手として活躍を続けています。

フランス代表での背番号とその意味

クラブでの活躍と並行して、グリーズマンはフランス代表でも絶対的なエースとして君臨しています。彼の代表キャリアにおいても、背番号「7」は非常に重要な役割を果たしてきました。ここでは、代表デビューから現在までの背番号の変遷と、それが持つ特別な意味について掘り下げます。

A代表デビューから定着まで

グリーズマンがフランスA代表に初めて招集されたのは2014年3月のことでした。 このデビュー戦となったオランダとの親善試合で彼が着用したのは「11番」でした。

しかし、その才能はすぐに認められ、同年夏の2014 FIFAワールドカップブラジル大会のメンバーに選出されます。この大会を前にして、彼の背番号は「7番」へと変更されました。 当時、フランス代表の7番は、直前に負傷離脱したフランク・リベリーが長年背負っていた番号であり、それを若きグリーズマンが受け継いだことは、チームからの大きな期待の表れでした。

これ以降、彼はフランス代表の「7番」として定着。数々の国際大会でこの番号を背負い、チームの中心選手としての地位を不動のものにしていきます。

ワールドカップでの活躍と背番号

グリーズマンのキャリアのハイライトの一つが、2018年に開催されたFIFAワールドカップロシア大会での優勝です。

この大会で彼は背番号「7」を背負い、フランス代表の攻撃を牽引。 決勝戦のクロアチア戦でのゴールを含む4得点を挙げる大活躍で、母国を20年ぶりの世界一に導きました。彼のパフォーマンスは、フランス国民だけでなく、世界中のサッカーファンに強烈な印象を残しました。

エースナンバーとされる「10番」をキリアン・エムバペが背負う一方で、グリーズマンは「7番」として、チャンスメイクから得点まで、多彩な役割をこなす現代的なアタッカー像を体現しました。 この大会を通じて、「フランスの7番」はグリーズマンの代名詞として世界に認知されたのです。

代表での「7番」が持つ特別な意味

サッカーにおいて背番号「7」は、伝統的にウインガーや攻撃的なミッドフィールダーがつけることが多く、スピードとテクニックを兼ね備えたチャンスメーカーの象徴とされています。

フランス代表においても、過去にはレイモン・コパやディディエ・デシャン(現代表監督)といった名選手たちが7番を背負ってきました。グリーズマンは、そうした偉大な先人たちの系譜に連なる存在と言えるでしょう。

特に、彼のアイドルであるデビッド・ベッカムがイングランド代表で7番を背負っていたことも、グリーズマンにとってこの番号が特別な意味を持つ大きな理由です。

憧れの選手と同じ番号を代表チームで背負うことは、彼にとって大きな誇りであり、モチベーションの源となっているはずです。クラブだけでなく、代表チームでも「7番」を背負い続ける彼の姿は、一貫した信念とサッカーへの愛情を物語っています。

背番号「7」を背負った他の名選手たち

サッカーの世界において、背番号「7」は特別な意味を持つ番号として知られています。この番号を背負ってきたのは、いずれも時代を彩ったスーパースターばかりです。グリーズマンもその一人ですが、彼が憧れた選手や、同じ時代に活躍するライバルもまた、この魅力的な番号を背負ってきました。

サッカー界における「7番」の象徴性

背番号「7」は、伝統的にチームのチャンスメーカーや、ドリブルを得意とするサイドアタッカーに与えられることが多い番号です。ピッチを縦横無尽に駆け巡り、その創造性あふれるプレーで観客を魅了する選手がつけるイメージがあります。

古くはマンチェスター・ユナイテッドのジョージ・ベストやリバプールのケニー・ダルグリッシュ、レアル・マドリードのラウール・ゴンサレスなど、数々のレジェンドたちが7番を背負ってクラブの象徴となりました。彼らの活躍により、「7番」は単なる番号ではなく、スター選手の証として認識されるようになったのです。

デビッド・ベッカムとの共通点

グリーズマンが背番号7にこだわる最大の理由として公言しているのが、デビッド・ベッカムへの憧れです。 ベッカムは、マンチェスター・ユナイテッドとイングランド代表で長年7番を背負い、その正確無比なキックと甘いルックスで世界的な人気を博しました。

グリーズマンは、ベッカムに影響を受けて背番号7を選んだだけでなく、長袖のユニフォームを好んで着用する点も共通しています。 暑い気候の試合でも長袖を貫くスタイルは、まさにアイドルへのリスペクトの表れと言えるでしょう。プレースタイルは異なりますが、ピッチ内外でのスター性や、多くのファンに愛されるカリスマ性という点でも、両者には共通するものがあります。

クリスティアーノ・ロナウドとの比較

現代サッカーにおいて、背番号「7」のイメージを最も強く印象付けた選手といえば、クリスティアーノ・ロナウドを挙げる人も多いでしょう。「CR7」という愛称は、彼の名前と背番号が一体となったブランドとして世界中に浸透しています。

ロナウドはマンチェスター・ユナイテッド、レアル・マドリード、そしてポルトガル代表で7番を背負い、圧倒的な得点力で数々の記録を塗り替えてきました。彼の7番は「絶対的なエースストライカー」の象徴です。

一方、グリーズマンの7番は、ストライカーでありながら、味方を生かすプレーも得意とする「万能型アタッカー」のイメージが強いです。 自らゴールを決めるだけでなく、チャンスメイクや守備での貢献も厭わない彼のプレースタイルは、ロナウドとはまた違った形で「現代の7番像」を築いています。同じ7番でも、選手によってその意味合いや象徴するものが異なる点は、サッカーの奥深さを示しています。

グリーズマンの背番号にまつわるエピソード

選手のキャリアを語る上で、背番号は単なる数字以上の意味を持つことがあります。グリーズマンにとっても、その背番号には様々なエピソードが隠されています。バルセロナ移籍時の秘話から、プライベートな偶然の一致まで、彼の背番号にまつわる興味深い話をご紹介します。

バルセロナ移籍時の背番号問題

2019年に鳴り物入りでバルセロナへ移籍したグリーズマンですが、彼の愛する背番号「7」はすでにフィリペ・コウチーニョが着用していました。 そのため、彼は「17番」でキャリアを再スタートさせることになります。

しかし、彼は7番へのこだわりを捨てきれませんでした。翌シーズン、コウチーニョがバイエルン・ミュンヘンへレンタル移籍したことで7番は空きましたが、シーズン途中での背番号変更は規定で認められていませんでした。

最終的に、翌2020-21シーズンから7番を着用することになりましたが、その際にはコウチーニョへの感謝をSNSで表明しています。 このエピソードは、彼がどれだけ7番という数字に愛着を持っているか、そしてチームメイトへの敬意を忘れない人柄であることを示しています。

息子が生まれた日と背番号「7」

グリーズマンには、彼の背番号「7」と不思議な縁で結ばれたプライベートなエピソードがあります。

実は、彼の3人の子供たち(長女ミア、長男アマロ、次女アルバ)は、全員が4月8日生まれなのです。これは非常に珍しい偶然ですが、サッカーファンにとっては彼の背番号との関連を想像させる興味深い事実です。

直接的な関係はないかもしれませんが、彼のキャリアと人生において「7」や「8」といった数字が特別な意味を持っているかのように感じられます。この奇跡的な偶然は、彼の人生がサッカーと深く結びついていることを象徴しているかのようです。

ファンとの交流と背番号ユニフォーム

グリーズマンは、ファンサービスに熱心な選手としても知られています。彼の背番号「7」が入ったユニフォームは、アトレティコ・マドリードやフランス代表のファンにとって、最も人気のあるアイテムの一つです。

SNSでは、ファンが彼のユニフォームを着て応援する写真や、「やはりグリーズマンは7番が似合う」といったコメントが数多く見られます。 彼自身も、ファンとの交流を大切にしており、試合後にはユニフォームを観客席に投げ入れたり、サインに気軽に応じたりする姿が頻繁に目撃されます。

バルセロナ時代に17番や、アトレティコ復帰当初に8番を着用した際には、それらの番号のユニフォームもファンの間で話題となりました。 彼の背番号の変遷は、彼のキャリアの歩みそのものであり、ファンはそれぞれの番号に込められた思い出と共に、彼を応援し続けているのです。

まとめ:グリーズマンの背番号が物語るサッカー人生

この記事では、アントワーヌ・グリーズマンのサッカーキャリアを「背番号」という切り口から詳しく解説してきました。

彼の代名詞である背番号「7」は、少年時代のアイドル、デビッド・ベッカムへの憧れから生まれた、彼のサッカー人生の原点ともいえる数字です。 プロデビューの地レアル・ソシエダでその番号を掴み取り、アトレティコ・マドリードやフランス代表で「7番」を背負い、世界のトッププレーヤーへと駆け上がりました。

バルセロナへの移籍やアトレティコへの復帰に伴い、「17番」や「8番」を着用した時期もありましたが、それらの経験も彼のキャリアに深みを与えています。 最終的に愛する「7番」を取り戻し、再び輝きを放つ姿は、多くのファンに感動を与えました。

グリーズマンの背番号の変遷は、彼の挑戦、苦悩、そして栄光の物語そのものです。これからも彼の背中に輝く「7番」に注目しながら、その華麗なプレーを応援していきましょう。

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