イングランドサッカーの過密日程が話題になるたび、必ずと言っていいほど浮上するのが「カラバオカップ(EFLカップ)不要論」です。なぜこの歴史ある大会に対して「いらない」「廃止すべき」という厳しい声が上がるのでしょうか。
一方で、この大会がなくなると困るクラブがたくさん存在するのも事実です。そこには、華やかなプレミアリーグの裏側にある、イングランドサッカー界の複雑なお金事情や育成システムが深く関わっています。
この記事では、なぜカラバオカップ不要論が叫ばれるのか、その理由を分かりやすく解説するとともに、それでも大会が存続し続ける本当の理由について掘り下げていきます。
なぜ「カラバオカップはいらない」と言われてしまうのか?

まずは、なぜ多くのファンや専門家がこの大会に対して否定的な意見を持つのか、その主な理由を見ていきましょう。検索窓に「いらない」と打ち込みたくなる背景には、現代サッカー特有の事情があります。
過密日程による選手への負担
最大の理由は、殺人的とも言えるスケジュールの厳しさです。プレミアリーグのクラブ、特に欧州大会(チャンピオンズリーグなど)に出場する強豪クラブは、週に2試合のペースで試合をこなし続けています。そこにカラバオカップが加わることで、選手たちは休む暇もなくピッチに立ち続けなければなりません。
特に年末年始のイングランドは「ボクシング・デー」を含む連戦が名物ですが、カラバオカップの準々決勝や準決勝はこの時期の前後に組み込まれます。疲労が蓄積した状態で試合数が増えれば、当然ながら怪我のリスクも跳ね上がります。ファンにとって、応援するチームの主力選手が「優先度の低いカップ戦」で怪我をして長期離脱することほど、辛いことはありません。
FAカップとの差別化が難しい
イングランドには「FAカップ」という、世界最古の歴史を誇るもう一つのカップ戦が存在します。FAカップはアマチュアチームも含めた全イングランドのクラブが参加できる権威ある大会で、優勝賞金も高く、優勝チームにはヨーロッパリーグ(EL)の出場権が与えられます。
これに対し、カラバオカップはプロクラブ(上位4リーグ)のみの参加です。「国内にカップ戦は2つもいらないのではないか?」「権威のあるFAカップだけで十分では?」という意見が出るのは、ある意味で自然なことと言えるでしょう。
ビッグクラブにおける優先順位の低さ
マンチェスター・シティやリヴァプール、アーセナルといったビッグクラブにとって、シーズンの最優先目標は「プレミアリーグ優勝」か「チャンピオンズリーグ(CL)優勝」です。この2つに比べると、カラバオカップのタイトルは優先順位が大きく下がります。
そのため、ビッグクラブは初期のラウンドで主力選手を温存し、控えメンバーやアカデミーの若手主体で臨むことがほとんどです。「1軍が出てこない試合に価値はあるのか?」という冷めた見方が、不要論を加速させている側面もあります。
優勝賞金の低さと経済的メリット
驚くべきことに、カラバオカップの優勝賞金は、トップ選手の「週給(1週間のお給料)」にも満たない金額なのです。これでは、リスクを冒してまで主力を投入する経済的なメリット(旨味)がほとんどありません。
「ハイリスク・ローリターン」な大会であること。これが、ビジネス規模が巨大化した現代サッカーにおいて、カラバオカップが軽視される大きな要因となっています。
監督や選手からも不満の声?現場のリアルな評価

ファンだけでなく、実際にピッチで戦う監督や選手たちからも、この大会のあり方について疑問の声が上がることがあります。現場のリアルな評価を探ってみましょう。
クロップ監督など名将たちの苦言
かつてリヴァプールを率いたユルゲン・クロップ監督や、マンチェスター・シティのペップ・グアルディオラ監督は、度々この大会の日程について苦言を呈してきました。彼らは大会そのものを否定しているわけではありませんが、「選手の健康を守るためには試合数が多すぎる」と訴え続けています。
特に問題視されるのが、準決勝が「ホーム&アウェイの2試合制」で行われる点です。すでに過密日程である1月に2試合も追加されることは、コンディション調整を極めて難しくします。「準決勝も一発勝負にすべきだ」という提案は何度もなされていますが、現時点では伝統的な形式が維持されています。
負傷リスクと戦力マネジメントの難しさ
監督にとって最大の悪夢は、カラバオカップでの怪我人がリーグ戦の優勝争いに響くことです。しかし、完全に若手だけで挑めば「大会を軽視している」と批判され、負ければサポーターをガッカリさせてしまいます。
「主力を休ませたいが、負けたくはない」。このジレンマの中で、監督たちは非常に難しい戦力マネジメントを強いられます。ギリギリのやり繰りを強いられる現場からは、「廃止してくれたほうがリーグ戦に集中できる」という本音が漏れることも少なくありません。
ターンオーバー制の採用とファンの反応
こうした背景から、多くのクラブは「ターンオーバー制(先発メンバーを総入れ替えすること)」を採用します。普段ベンチを温めている選手にとっては絶好のアピールの場ですが、高いチケット代を払ってスタジアムに来たファンの一部からは、「ベストメンバーが見たかった」という不満の声も聞かれます。
ターンオーバーとは?
連戦による疲労を避けるため、直前の試合からスターティングメンバーを大幅に変更すること。カラバオカップでは、ゴールキーパーを含め11人全員を入れ替えるような大胆な采配も見られます。
それでも大会がなくならない理由とは

ここまで「いらない理由」を並べてきましたが、それでもカラバオカップは廃止されず、しぶとく生き残っています。実は、この大会にはイングランドサッカー界を支える重要な「生存理由」があるのです。
下部リーグクラブにとっての貴重な収入源
これが最も大きな理由です。プレミアリーグ(1部)はお金持ちですが、EFL(2部〜4部)のクラブの多くは経営が苦しいのが実情です。カラバオカップには、チケット収入を対戦チーム同士で「45%ずつ分け合う」という伝統的なルールがあります。
もし4部の小さなクラブが、マンチェスター・ユナイテッドやアーセナルといった人気クラブと対戦し、それが敵地(数万人収容のスタジアム)開催だった場合、その1試合だけでクラブの年間予算の何割かを稼ぎ出せてしまうのです。下部リーグのクラブにとって、カラバオカップはまさに「夢の宝くじ」であり、絶対に廃止してほしくない生命線なのです。
若手選手の登竜門としての役割
ビッグクラブにとってもメリットはあります。それは「最高レベルの実戦練習の場」としての機能です。アカデミーで育った10代の選手たちが、プロの激しい当たりやスピードを経験するために、この大会は最適なのです。
実際に、フィル・フォーデン(マンチェスター・シティ)やトレント・アレクサンダー=アーノルド(リヴァプール)といった現在のスター選手たちも、最初はカラバオカップでチャンスを掴み、そこから世界的な選手へと羽ばたいていきました。育成年代の選手にとって、この大会は貴重なショーケースとなっています。
中堅クラブにとってのタイトルと欧州への切符
「ビッグ6」と呼ばれる超強豪以外のクラブ(中堅クラブ)にとって、リーグ優勝は夢のまた夢です。しかし、カップ戦であるカラバオカップなら、トーナメントのくじ運や勢い次第で優勝を狙うことができます。
さらに、優勝チームには翌シーズンの「UEFAカンファレンスリーグ(UECL)」の出場権(プレーオフ)が与えられます。中堅クラブにとって、ヨーロッパの舞台に立てることは名誉であり、大きな目標です。サポーターにとっても、聖地ウェンブリー・スタジアムでタイトルを掲げる瞬間は、一生の思い出になります。
EFL(イングリッシュ・フットボールリーグ)の意向
大会を主催するのはプレミアリーグではなく、2部〜4部を管轄するEFLです。EFLにとって、この大会の放映権料やスポンサー収入(現在はカラバオ社)は、組織を運営するための重要な財源です。
プレミアリーグ側がいくら「日程を空けたい」と言っても、EFL側は自分たちの収入源を簡単に手放すわけにはいきません。この「大人の事情」も、大会が存続し続ける強い要因となっています。
カラバオカップならではの面白さと見どころ

不要論がある一方で、この大会ならではの魅力があることも忘れてはいけません。サッカーファンとして楽しむべきポイントを整理します。
ジャイアントキリング(大金星)の可能性
主力を温存するビッグクラブに対し、下部リーグのチームは「人生を変えてやる」という気迫で挑んできます。その温度差が、時としてとんでもない番狂わせ(ジャイアントキリング)を生みます。
4部のチームがプレミアのチームを倒す痛快さは、カップ戦ならではの醍醐味です。負けたビッグクラブのファンは頭を抱えますが、中立のファンにとってはこれ以上なく盛り上がる展開と言えるでしょう。
シーズン最初のタイトルという重要性
カラバオカップの決勝戦は、毎年2月下旬に行われます。これは、シーズンの主要タイトルの中で「最も早く優勝が決まる」ことを意味します。
ここでタイトルを一つ獲れるかどうかは、その後のシーズンの勢いを大きく左右します。特にリヴァプールやマンチェスター・ユナイテッドのようなクラブにとって、2月にトロフィーを掲げて弾みをつけることは、リーグ戦や欧州カップ戦に向けた大きなブースト効果を生みます。
普段見られない若手のブレイク
先ほども触れましたが、この大会は「未来のスター」を発掘する絶好の機会です。「この17歳の選手、すごく上手いな!」「次の試合でも見たい!」といった発見ができるのは、コアなファンにとってたまりません。
数年後、その選手が代表クラスになった時に「あいつのデビュー戦、カラバオカップで見てたよ」と古参ファンとして語れるのも、この大会の密かな楽しみ方です。
欧州他国のリーグカップ事情はどうなっている?

「リーグカップがいらない」という議論は、実はイングランドだけの話ではありません。他のヨーロッパ諸国ではどうなっているのでしょうか。
フランス(クープ・ドゥ・ラ・リーグ)の廃止事例
かつてフランスにも、イングランドと同様に「クープ・ドゥ・ラ・リーグ」というリーグカップが存在しました。しかし、まさに「過密日程の緩和」を理由に、2019-2020シーズンを最後に廃止されました。
フランスリーグ機構は「選手の負担を減らし、フランスのクラブがヨーロッパの大会(CLなど)でより良い成績を残せるようにする」という合理的な判断を下しました。この事例は、イングランドでの廃止論を後押しする一つの材料としてよく引き合いに出されます。
ドイツやスペインのカップ戦事情
ドイツやスペイン、イタリアといった主要リーグでは、もともとカップ戦は1つ(FAカップに相当するもの)しかありません。
- ドイツ:DFBポカールのみ
- スペイン:コパ・デル・レイのみ
- イタリア:コッパ・イタリアのみ
これらの国では、リーグ戦と1つのカップ戦、そして欧州カップ戦というスケジュールが一般的です。イングランドのように「2つのカップ戦」を並行して戦うこと自体が、世界的に見てもかなり特殊でハードな環境なのです。
イングランドだけがカップ戦を2つ持つ背景
ではなぜ、イングランドだけが2つも持っているのでしょうか。それは、イングランドがプロサッカー発祥の地であり、プロクラブの数が圧倒的に多い(4部リーグまで完全プロ化されている)という歴史的背景があります。
多くのクラブに試合機会と収入機会を提供するために作られたシステムが、現代の過密日程と衝突しているのが現状です。「伝統」を守るのか、「合理性」を取るのか。イングランドサッカー界は常にこの問いに揺れています。
まとめ:カラバオカップはいらない?今後のあり方を考える
「カラバオカップいらない説」について、廃止論の根拠と存続の理由の両面から見てきました。要点を振り返ってみましょう。
記事のポイント
- 不要と言われる理由:過密日程による怪我のリスク、FAカップとの重複、優勝賞金の安さが主な原因。
- 廃止できない理由:下部リーグクラブの重要な収入源であり、EFLの財政を支えているため。
- 大会の価値:若手選手の育成(登竜門)、中堅クラブのタイトル獲得チャンス、ジャイアントキリングの興奮。
- 海外の動向:フランスはすでに廃止済み。イングランドの「カップ戦2つ体制」は欧州でも特殊的。
トップレベルのクラブや選手にとって、カラバオカップが「厄介な負担」であることは間違いありません。しかし、イングランドサッカーの裾野を支える中小クラブや、チャンスに飢えている若手選手にとっては、依然として「なくてはならない大会」でもあります。
「いらない」と切り捨てるのは簡単ですが、サッカー界全体のエコシステム(生態系)を考えると、単純に廃止すれば良いという問題でもなさそうです。今後は準決勝の一発勝負化や、欧州大会出場チームの免除など、伝統を守りつつ負担を減らす「妥協点」を探る議論が続いていくことになるでしょう。




