近年、古橋亨梧選手や旗手怜央選手をはじめ、多くの日本人選手がスコットランドプレミアリーグで目覚ましい活躍を見せています。 「なぜスコットランドのクラブは日本人選手を多く獲得するの?」「外国人枠はどうなっているの?」と疑問に思うサッカーファンの方も多いのではないでしょうか。
実は、スコットランドプレミアリーグには、他のヨーロッパの主要リーグとは異なる独特の選手登録ルールが存在します。特に、イギリスのEU離脱(ブレグジット)以降に導入された「GBEポイント制度」が、日本人選手の移籍において非常に重要な役割を果たしています。この記事では、スコットランドプレミアリーグの外国人枠の仕組み、そして日本人選手が活躍しやすい理由について、初心者の方にも分かりやすく、そして詳しく解説していきます。
スコットランドプレミアリーグの外国人枠の基本
まず、スコットランドプレミアリーグにおける「外国人枠」の基本的な考え方について見ていきましょう。多くの人がイメージするような、単純な人数制限とは少し異なる仕組みになっています。
そもそも「外国人枠」とは?
一般的にサッカーにおける「外国人枠」とは、各国のリーグが自国の選手の出場機会を守り、代表チームの強化につなげることなどを目的に、チームに登録できる外国籍選手の数や、試合に出場できる外国籍選手の数を制限するルールのことです。 例えば、Jリーグでは「Jリーグ提携国の国籍を有する選手は外国籍選手とみなさない」といった独自のルールを設けつつ、外国籍選手の登録・出場人数に上限を設けています。 このルールは、リーグの国際的な競争力と、国内選手の育成という二つの側面のバランスを取るために非常に重要です。
スコットランドに厳密な「外国人枠」は存在する?
ホームグロウン制度とは、21歳になるまでに3年以上、その国のサッカー協会に登録されていた選手を一定数チームに登録しなければならないというルールです。 これにより、クラブは自国での選手育成を促されます。そして、それ以上に大きなハードルとなるのが、次に説明するイギリスのEU離脱(ブレグジット)によって大きく変更された労働許可証の取得ルールです。
ブレグジットがもたらした大きな変化
2020年にイギリスがEUから離脱したことで、サッカールールも大きな影響を受けました。 それまでは、EU加盟国の国籍を持つ選手は「外国人」とはみなされず、労働許可証なしで自由にイギリス国内のクラブと契約できました。 しかし、ブレグジット後はEU国籍の選手もその他の外国籍選手と同様に、イギリスでプレーするための労働許可証が必要になったのです。
この変更に伴い、イングランドやスコットランドのサッカー協会は、選手の能力を客観的に評価し、労働許可証発行の推薦状(GBE)を発行するための新たな基準を設けました。それが「GBE(Governing Body Endorsement)ポイント制度」です。 この制度の導入が、結果的に日本人選手にとって追い風となる側面を持っていたのです。
新ルール「GBEポイント制度」を理解しよう
ブレグジット後に導入された「GBEポイント制度」は、現在のスコットランドプレミアリーグへの移籍を理解する上で最も重要な要素です。ここでは、その仕組みを詳しく見ていきましょう。
GBEとは? Governing Body Endorsementの略
GBEとは「Governing Body Endorsement」の略で、日本語に訳すと「統括団体による承認」となります。 イギリスでプロサッカー選手としてプレーしたい外国籍選手は、まず所属を希望するクラブがある国のサッカー協会(スコットランドの場合はスコットランドサッカー協会)から、このGBEを取得しなければなりません。
GBEが発行されるためには、選手が一定の基準を満たしていることを証明する必要があります。その基準となるのが、選手のこれまでの実績を数値化する「GBEポイント」なのです。 このポイントが規定の「15ポイント」に達すれば、原則としてGBEが自動的に発行されます。
ポイントはどのように計算される?
GBEポイントは、主に以下の要素を組み合わせて計算されます。非常に複雑ですが、どのような実績が評価されるのかを知ることで、日本人選手がなぜ移籍しやすいのかが見えてきます。
- A代表での出場実績:
選手の国籍国のFIFAランキングと、過去24ヶ月間のA代表公式戦への出場率によってポイントが付与されます。FIFAランキングが高い国の代表選手であるほど、少ない出場率でも多くのポイントを獲得できます。 - 所属クラブでの実績(リーグ):
過去1年間の国内リーグ戦での出場時間に応じてポイントが決まります。ここでの重要な点は、所属しているリーグのレベルが「Band」としてランク分けされていることです。 当然、レベルの高いリーグ(Band 1: イングランド、スペイン、ドイツ、イタリア、フランス)でプレーしている方が、ポイントは高くなります。 - 所属クラブでの実績(大陸大会):
UEFAチャンピオンズリーグやAFCチャンピオンズリーグといった、大陸別のクラブ選手権での出場時間もポイントに加算されます。 - 所属クラブの最終成績:
前シーズンの国内リーグでの最終順位や、大陸大会でどこまで勝ち進んだかによってもポイントが付与されます。
これらの項目で獲得したポイントを合計し、基準を満たすかどうかでGBEが発行されるかが決まります。
日本人選手にとって有利な点は?
このGBEポイント制度において、日本人選手、特にJリーグで活躍する選手にとって有利に働く点がいくつかあります。
最も大きいのは、Jリーグがアジアの中でも高く評価され、ポイントを獲得しやすい「Band」に位置づけられていることです。 FA(イングランドサッカー協会)が定めるリーグの格付けにおいて、J1リーグは「Band 2」という高い評価を受けており、ここでレギュラーとして出場し、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)でも実績を残すことで、多くのポイントを稼ぐことが可能になります。
また、日本代表は常にFIFAランキングでアジア上位に位置しており、A代表に選出され、継続的に出場することで、代表での出場実績ポイントも獲得しやすくなります。これらの要素が組み合わさることで、ヨーロッパでのプレー経験がないJリーガーでも、GBE取得の基準である15ポイントをクリアしやすくなるのです。
例外パネル(Exceptions Panel)とは?
合計ポイントが15ポイントに満たない場合でも、移籍が完全に断たれるわけではありません。10~14ポイントの選手については、「例外パネル」と呼ばれる審査委員会に推薦し、アピールする機会が与えられます。
このパネルでは、クラブがなぜその選手を必要とするのか、選手の将来性や特別な事情などを説明します。ここで委員会の承認が得られれば、ポイントが足りなくてもGBEが発行されることがあります。若手有望株の選手などが、この制度を利用して移籍を実現するケースもあります。
日本人選手がスコットランドで活躍しやすい理由
GBEポイント制度が追い風になっていることに加え、スコットランドのサッカー環境そのものにも、日本人選手が適応し、活躍しやすい理由がいくつか存在します。
GBEポイント制度とJリーグの評価
前述の通り、GBEポイント制度の導入が日本人選手のスコットランド移籍を後押しする最大の要因となっています。ブレグジット以前は、労働許可証の取得基準がA代表での出場実績に大きく偏っており、代表キャップ数が少ない選手は実力があっても移籍のハードルが非常に高いものでした。
しかし、新制度ではJリーグやACLでのクラブレベルでの活躍が正当に評価されるようになったため、JリーグでMVP級の活躍を見せた選手(例:岩田智輝選手)などが、スムーズに移籍できるようになりました。 このように、選手の能力を多角的に評価するGBEポイント制度は、レベルの高いJリーグで実績を積んだ選手にとって、ヨーロッパへの扉を開く大きなきっかけとなっているのです。
比較的移籍金が安いことのメリット
スコットランドプレミアリーグのクラブにとって、日本人選手は実力とコストのバランスが非常に良い、魅力的な補強ターゲットと映っています。
ヨーロッパの主要リーグの選手と比較すると、Jリーグでプレーする選手の市場価格(移籍金)はまだ比較的安価な傾向にあります。そのため、スコットランドのクラブは、投じる資金のリスクを抑えながら、日本代表クラスの実力を持つ選手を獲得することが可能です。 選手にとっても、まずはスコットランドでヨーロッパのサッカーに慣れ、そこでの活躍をステップに、より大きなリーグ(イングランド・プレミアリーグなど)への移籍を目指すというキャリアプランを描きやすくなっています。
セルティックなど特定のクラブの戦略
特に日本人選手の獲得で大きな成功を収めているのが、名門セルティックFCです。 この背景には、横浜F・マリノスの監督としてJリーグを熟知していたアンジェ・ポステコグルー氏(現トッテナム監督)が、2021年にセルティックの監督に就任したことが大きく影響しています。
彼はJリーグに才能ある選手が数多くいることを知っており、古橋亨梧選手を皮切りに、前田大然選手、旗手怜央選手らを次々と獲得し、チームの主力へと育て上げました。 この成功体験は、かつて中村俊輔選手がセルティックで伝説的な活躍を見せたことと相まって、「日本人選手はクラブに成功をもたらす」というポジティブなイメージをファンとクラブに植え付けました。 このようなクラブの明確な戦略と成功事例が、さらなる日本人選手の移籍を促す好循環を生み出しているのです。
他の欧州リーグとの外国人枠比較
スコットランドのルールをより深く理解するために、他のヨーロッパ主要リーグの外国人枠と比較してみましょう。国によって考え方が大きく異なることが分かります。
イングランド・プレミアリーグとの違い
スコットランドと同じイギリス国内にあるイングランド・プレミアリーグも、明確な国籍による外国人枠はありません。 ホームグロウン制度やGBEポイント制度といった基本的な枠組みはスコットランドと共通しています。
ただし、リーグ全体の資金力や競争レベルが格段に高いため、選手に求められるGBEポイントの基準や、クラブが選手に支払う給与水準も当然高くなります。そのため、スコットランドはイングランド・プレミアリーグを目指す選手にとって、イギリスのサッカー環境や言語に慣れるための重要なステップと位置づけられています。
ラ・リーガ(スペイン)のEU圏外枠
スペインのラ・リーガでは、より直接的な外国人枠が設けられています。トップチームに登録できるEU圏外(非EU)国籍の選手は3人までと厳しく制限されています。
この狭き門をめぐって、世界中のトップ選手たちが競い合うことになります。ただし、一部の国(主に中南米の旧スペイン植民地)の選手は、比較的短期間でスペイン国籍を取得できる特例があり、これを活用してEU圏内選手として登録されるケースもあります。日本人選手にとっては、非常にハードルの高いリーグの一つと言えるでしょう。
セリエA(イタリア)の複雑なルール
イタリアのセリエAの外国人枠は、非常に複雑なことで知られています。基本的には、1シーズンに新たに獲得できるEU圏外選手が2枠までとされています。
しかし、そのうちの1枠は、すでに所属しているEU圏外選手を国外のクラブへ放出しないと使えない、といった追加の条件が付くことがあります。 さらに、イングランドやスコットランドと同様に、イタリア国内で育成された選手を一定数登録する義務もあり、各クラブは常に複雑なルールを考慮しながら補強戦略を練る必要があります。
まとめ:スコットランドプレミアリーグの外国人枠を理解して、もっとサッカー観戦を楽しもう
この記事では、スコットランドプレミアリーグの外国人枠について解説しました。
重要なポイントを振り返ると、
- スコットランドには「〇人まで」という明確な外国人枠はない
- しかし、イギリスのEU離脱に伴い、EU国籍選手も含め労働許可証の取得が必須となった
- その鍵を握るのが「GBEポイント制度」であり、選手の代表やクラブでの実績がポイント化される
- JリーグやACLでの活躍が高く評価されるため、日本人選手はこのポイント制度の恩恵を受けやすい
- 比較的安価な移籍金や、セルティックのようなクラブの成功体験も、日本人選手の活躍を後押ししている
ということになります。
この独特なルールを理解することで、なぜ今、多くの日本人選手がスコットランドの地で輝きを放っているのか、その背景が見えてきたのではないでしょうか。今後、スコットランドプレミアリーグを観戦する際には、選手の国籍や移籍の経緯にも注目してみると、また違った面白さが発見できるはずです。
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