現代サッカーを観戦していると、本来はサイドの低い位置にいるはずのサイドバックが、いつの間にか中央のエリアでプレーしている姿をよく目にしませんか。この動きこそが「偽サイドバック」と呼ばれる画期的な戦術です。初めてこの言葉を聞く方にとっては、なぜ「偽」なのか、どのような目的があるのか不思議に感じるかもしれません。
偽サイドバックは、単なるポジションの移動ではなく、チーム全体の攻撃と守備のバランスを劇的に変えるための高度な戦略です。トップレベルのクラブや日本代表の試合でも頻繁に取り入れられており、その仕組みを知ることでサッカー観戦の楽しさは何倍にも膨らみます。この記事では、初心者の方にも分かりやすく、偽サイドバックの基本から最新のトレンドまでを丁寧にひも解いていきます。
偽サイドバックの基本的な仕組みと定義

偽サイドバックとは、守備の時はサイドを守る役割を担いながら、自分たちがボールを保持して攻めるタイミング(ビルドアップ時)になると、中央の「ボランチ」のような位置に移動する選手のことを指します。英語では「インバーテッド・フルバック(内側に絞ったサイドバック)」と呼ばれます。
サイドから中央へ移動する新しい役割
従来のサイドバックは、タッチライン沿いを上下に走り、クロスボールを上げることが主な役割でした。しかし、偽サイドバックはこの常識を覆します。攻撃が始まると、まるで中盤の選手であるかのように中央へとポジションを移し、パス回しに参加するのが特徴です。
中央に移動することで、チームは中盤のエリアに厚みを持たせることができます。これにより、相手チームが守備を固めていても、パスの出しどころを増やしてスムーズにボールを運ぶことが可能になります。サイドの選手が中に入るという一見シンプルな動きが、試合全体の流れを大きく左右するのです。
この動きは、現代サッカーにおいて「可変システム」と呼ばれる戦術の代表例です。試合中に選手の並びが4バックから3バックに変化するように見えるのは、この偽サイドバックが巧みにポジションを変えているからに他なりません。
なぜ「偽(インバーテッド)」と呼ばれるのか
「偽サイドバック」という言葉の由来は、本来のサイドバックとしての役割を「偽装」しているように見える点にあります。守備の陣形ではサイドに並んでいるため、相手からすればサイドバックとしてマークすべき対象ですが、いざ始まると中盤に入り込むため、マークを惑わせることができます。
また、スペイン語や英語では「インバーテッド(逆転させた、内側に向いた)」という表現が使われます。これは、サイドに張るのが当たり前だったポジションを、内側に反転させるという意味が含まれています。相手の予想に反する動きをすることから、日本では親しみを込めて「偽」という言葉が定着しました。
かつて「偽9番(ゼロトップ)」という、フォワードが中盤に降りてくる戦術が流行しましたが、それのサイドバック版と考えるとイメージしやすいでしょう。定位置を離れて別の役割をこなす姿が、戦術的な「偽り」として表現されているのです。
従来のサイドバックとの決定的な違い
これまでの一般的なサイドバックは、スピードを活かしてサイドを突破し、ゴール前に精度の高いボールを供給することが至上命題でした。しかし、偽サイドバックに求められるのは、中盤でボールを落ち着かせる「技術」と、周囲の状況を把握する「判断力」です。
従来のタイプが「縦の推進力」を重視するのに対し、偽サイドバックは「中央での構成力」を重視します。サイドを駆け上がるよりも、内側で味方と三角形を作ってパスをつなぎ、相手のプレスを無力化することに重きを置いているのです。このため、走る距離よりも、どのタイミングで内側に入るかという知性が重要視されます。
もちろん、状況に応じて外側のレーンを駆け上がることもありますが、それはあくまで選択肢の一つに過ぎません。プレーの主戦場がサイドライン際からピッチの中央へとシフトしている点が、最も大きな違いと言えるでしょう。
攻撃時と守備時で変化するポジション
偽サイドバックを採用するチームを観察すると、ボールを持っている時と持っていない時で、選手の配置が全く異なっていることに気づくはずです。守備の際は、相手のサイドハーフをケアするために標準的な4バックや5バックの形を維持し、スペースを埋める役割に徹します。
ところが、ひとたびマイボールになれば、偽サイドバックは魔法のように中央へとスライドします。この際、残ったセンターバックと逆サイドのサイドバックが3枚で守備ラインを形成し、偽サイドバックがボランチの隣に並ぶ形が多く見られます。これを専門用語で「3-2」のビルドアップなどと呼びます。
このポジションの変化により、相手のフォワードは誰を追いかければいいのか混乱します。守備から攻撃への切り替えの瞬間、偽サイドバックがどこに移動するかを注視することで、そのチームが描いている戦術の意図がより明確に理解できるようになります。
偽サイドバックを採用する主なメリット

多くのトップチームがこの戦術を取り入れるのは、それ相応の大きなメリットがあるからです。特に現代サッカーでは、中盤での主導権争いが勝敗を分ける鍵となるため、偽サイドバックの存在は非常に大きな武器となります。ここでは、具体的な4つの利点を見ていきましょう。
中盤での数的優位を作り出す効果
サッカーにおいて、ある特定のエリアで味方の人数を相手より多くすることを「数的優位」と呼びます。偽サイドバックが中央に加わることで、中盤の人数が1人、あるいは2人増えることになります。これにより、中盤でのパス回しが圧倒的に楽になります。
例えば、相手の中盤が3人の場合、こちらが4人や5人で対応すれば、必ずフリーになる選手が生まれます。フリーの選手がいれば、プレッシャーを受けることなく前線へ決定的なパスを送る余裕が生まれます。中盤を制圧することは、試合のペースを握ることに直結するのです。
このように、あえてポジションを崩してまで人数をかけることで、相手の守備組織に穴を開けやすくするのが偽サイドバックの狙いです。中盤の密度を高めることで、相手はボールを奪いに来ることが困難になり、結果として自分たちのポゼッション率を高めることができます。
相手のカウンターを未然に防ぐリスク管理
意外に思われるかもしれませんが、偽サイドバックは攻撃だけでなく「守備の準備」としても非常に優秀です。これを専門用語で「ネガティブ・トランジション(攻撃から守備への切り替え)への備え」と言います。中盤に選手が密集しているため、ボールを失った瞬間に即座にプレスをかけられるのです。
従来のサイドバックが敵陣深くへオーバーラップしている場合、ボールを奪われるとサイドの裏に広大なスペースを残してしまいます。しかし、偽サイドバックは中央の低い位置に構えているため、相手がカウンターを仕掛けようとした際、その進路を塞ぐ壁として機能します。
中央のフィルターが厚くなることで、相手は縦パスを通しにくくなり、攻撃を遅らせる効果があります。攻めている最中から守備のことを考えてポジションを取る、まさに「攻守一体」の戦術と言えるでしょう。この守備のリスク管理能力の高さこそが、名将たちがこぞって採用する理由の一つです。
パスコースが増えることによるビルドアップの安定
ビルドアップとは、自陣から相手ゴール前までボールを組み立てて運ぶプロセスです。偽サイドバックが中央に入ることで、ボールを保持している選手にとって、パスを出せる選択肢(パスコース)が360度あらゆる方向に広がります。
サイドに張り付いている状態では、パスコースは主に「縦」か「斜め前」に限られますが、中央にいれば左右どちらにも展開でき、さらにはバックパスの受け皿にもなりやすいのです。これにより、相手のプレスをいなすのが格段にスムーズになります。
また、中央に位置することで、相手を「食いつかせる」役割も果たします。相手のフォワードやMFが中央の偽サイドバックを警戒して寄ってくれば、今度は本来サイドにいたはずの場所にスペースが生まれます。このように、パスコースを増やすことでチーム全体の循環を良くするのが大きな利点です。
ウイングの孤立を防ぎ攻撃の幅を広げる
偽サイドバックが内側に絞ることで、サイドのレーンには大きなスペースが生まれます。ここを主戦場とするのが、ドリブル自慢のウイング(WG)選手たちです。サイドバックが追い越してこない代わりに、ウイングには相手ディフェンダーと1対1で勝負できる環境が整います。
さらに、偽サイドバックが中央から絶妙なタイミングで縦パスを通すことで、ウイングはより有利な状況でボールを受けることができます。サイドバックが外にいない分、相手のサイドバックは「中に絞るべきか、外のウイングを見るべきか」という迷いが生じます。この迷いが、ウイングの突破を助けるのです。
中央を固めることで相手の守備陣を内側に引き寄せ、空いた外側のスペースを最大限に活用する。偽サイドバックは、いわば「おとり」のような役割も兼ねながら、チーム全体の攻撃の幅を最大化させているのです。
偽サイドバックのメリットまとめ
・中盤の人数を増やしてボール保持を安定させる
・中央を厚くして、相手のカウンター攻撃を阻止する
・パスの選択肢を増やし、ビルドアップのミスを減らす
・相手の守備を混乱させ、味方ウイングの個性を引き出す
偽サイドバックが抱える課題とデメリット

メリットの多い偽サイドバックですが、決して万能な魔法の杖ではありません。この高度な戦術を成立させるためには、いくつかの大きなリスクや課題をクリアする必要があります。チームにとって諸刃の剣になりかねない側面についても理解を深めておきましょう。
本来の持ち場であるサイドのスペースを突かれるリスク
最大の弱点は、偽サイドバックが中央に移動している間に、本来守るべきサイドのスペースが「ガラ空き」になってしまうことです。ボールを保持している時は問題ありませんが、パスミスなどで突然ボールを失った際、そこが相手の格好の攻撃ポイントとなります。
相手チームに足の速いウイングがいる場合、一気にそのスペースを独走され、大ピンチを招く可能性があります。このリスクを補うためには、残されたセンターバックが広大な範囲をカバーしなければならず、守備陣には非常に高い身体能力と判断力が求められます。
また、サイドを捨てて中央に絞るという判断が少しでも遅れると、中途半端な立ち位置になり、中央もサイドも守れない最悪の状態に陥ります。スペースを空けるという決断には、常に失点のリスクが隣り合わせであることを忘れてはいけません。
選手に求められる非常に高い戦術理解度と技術
偽サイドバックをこなせる選手は、世界的に見ても決して多くありません。なぜなら、サイドバックとしての守備能力に加え、ボランチとしてのパスセンス、さらには状況を瞬時に読み解く高い知性が同時に求められるからです。
周囲に敵が密集する中央エリアでボールを扱うには、トラップの精度や体の向きなど、非常に細かい技術が必要です。サイドラインを背負ってプレーする従来の環境とは、プレッシャーの強さが全く異なります。ここでミスをすれば、即座に致命的なピンチにつながってしまいます。
さらに、「いつ中央に入り、いつサイドに戻るか」という戦術眼も不可欠です。監督の指示を忠実に守るだけでなく、刻一刻と変わる試合状況に合わせて自ら判断を下さなければなりません。まさに、ピッチ上の司令塔のような役割をサイドバックが求められているのです。
チーム全体のバランス調整の難しさ
一人の選手が変則的な動きをすると、周囲の10人にもその影響が波及します。偽サイドバックが中に入った際、誰が外をカバーし、誰が空いたスペースをケアするのかという「事前の取り決め」が完璧に機能していなければ、チームはバラバラになってしまいます。
特にセンターバックとの連携は生命線です。相棒となるディフェンダーが、サイドバックの不在を前提としたポジショニングを取れていないと、守備ブロックに大きな穴が開きます。また、中盤の本来のボランチとの役割分担も重要で、立ち位置が重なってしまうと逆に攻撃の邪魔になってしまうこともあります。
このように、偽サイドバックはチーム全体がオーケストラのように調和して初めて成り立つ戦術です。一人の能力が高くても、周囲の理解が追いついていなければ、ただの混乱を招くだけの結果に終わってしまいます。
守備への切り替え時に発生するズレ
攻撃から守備へ切り替わる瞬間、偽サイドバックは「中盤の守備者」から「サイドの守備者」へと戻る必要があります。しかし、この戻る距離が長いため、どうしても守備陣形の再構築に時間がかかってしまいます。
相手チームが素早くサイドへボールを展開してきた場合、偽サイドバックが元の位置に戻る前にクロスを上げられたり、突破を許したりするケースが散見されます。この「戻るまでの空白の時間」をどうしのぐかが、戦術的な大きな課題となります。
このズレを解消するために、最近ではあえて戻らずにそのまま中盤で守備を完結させる手法もありますが、それにはさらに高度なチーム戦術が必要です。切り替えの遅れが失点に直結しやすいという点は、偽サイドバックを採用する上で常に付きまとう悩みと言えます。
偽サイドバックを攻略しようとする相手は、あえてサイドに足の速い選手を配置し、奪った瞬間にそこへロングボールを放り込む「サイドカウンター」を狙ってきます。攻守のバランスが崩れた瞬間を狙われる怖さがあるのです。
偽サイドバックを象徴する有名選手と名将たち

偽サイドバックという言葉がこれほどまでに普及したのは、世界的な名将たちの革新的なアイデアと、それをピッチ上で体現した超一流の選手たちがいたからです。戦術の歴史を変えた主要な人物たちを紹介します。
考案者とも言えるペップ・グアルディオラの哲学
この戦術の最大の推進者は、現マンチェスター・シティの監督であるジョゼップ・グアルディオラ(通称ペップ)です。彼はバイエルン・ミュンヘン時代に、当時の常識では考えられなかった「サイドバックをボランチとしてプレーさせる」手法を本格的に導入しました。
ペップの哲学は「ボールを保持することで試合を支配し、守備をする時間を減らす」というものです。そのためには中盤の質と量が重要であり、サイドバックを内側に入れることでポゼッションの安定を図りました。彼のチームが圧倒的な支配率を誇るのは、この偽サイドバックによる数的優位が大きく貢献しています。
彼はマンチェスター・シティに渡ってからも、この戦術をさらに進化させました。対戦相手に合わせて、片方だけでなく両方のサイドバックを中に入れるなど、そのバリエーションは今も広がり続けています。現代サッカーの戦術史は、ペップのアイデア抜きには語れません。
フィリップ・ラームとダヴィド・アラバの先駆者的役割
ペップのアイデアを最初に完璧な形で表現したのが、元ドイツ代表のフィリップ・ラームです。彼はもともと世界最高のサイドバックでしたが、ペップに見出されて中盤での役割を兼任するようになりました。彼の卓越した技術と知性は、偽サイドバックという役割の完成形を見せつけました。
また、同じくバイエルンで活躍したダヴィド・アラバも重要な存在です。彼はサイドバックでありながら、センターバックや中盤もこなせる「ポリバレント(多才)」な能力を持っていました。アラバが内側に入ることで攻撃のスイッチが入り、チームの流動性は一気に高まりました。
彼ら二人の成功によって、「サイドバックはサイドを走るだけではない」という新しい選手の価値観が確立されました。彼らがいたからこそ、偽サイドバックという戦術が単なる思いつきではなく、実用的な勝利の方程式として世界中に広まったのです。
現代の進化系:ジョン・ストーンズやジンチェンコ
近年、この役割をさらに進化させたのがオレクサンドル・ジンチェンコ(現アーセナル)やジョン・ストーンズ(マンチェスター・シティ)です。ジンチェンコはもともと攻撃的ミッドフィルダーだった経験を活かし、サイドバックの位置からゲームを作る稀代の司令塔として活躍しています。
特に衝撃的だったのはジョン・ストーンズの起用法です。彼は本来センターバックの選手ですが、攻撃時にはボランチの位置まで上がり、実質的な偽サイドバック(あるいは偽CB)のような役割を果たしました。これにより、守備の強度を保ちながら中盤を支配するという、さらに進化した形が生まれました。
現代のトップレベルでは、選手が複数のポジションの役割を高い次元でこなすことが当たり前になっています。彼らのプレーを追うことで、偽サイドバックがいかに柔軟で、かつ破壊力のある戦術であるかを実感できるはずです。
日本人選手の適応:冨安健洋や中山雄太の事例
日本代表においても、偽サイドバックの動きを取り入れるシーンが増えています。その筆頭が冨安健洋選手です。アーセナルでの彼は、左サイドバックとして出場しながらも、状況に応じて中盤に入り込み、チームのビルドアップを助ける役割をハイレベルにこなしています。
冨安選手は高い守備能力はもちろんのこと、両足を使える正確なパス技術と、試合の流れを読む知性を持っています。彼のような選手がいることで、日本代表も世界基準の可変システムを採用することが可能になりました。中山雄太選手も、中盤での経験を活かしてこの役割をスマートにこなす選手の一人です。
日本人選手はもともと規律正しく、知性的なプレーを得意とする傾向があるため、偽サイドバックという役割との相性は非常に良いと言われています。今後、Jリーグから海外へ羽ばたく若手サイドバックにとっても、この役割への適応は必須科目になっていくでしょう。
偽サイドバックから派生した最新の戦術トレンド

偽サイドバックの登場から数年が経ち、その戦術はさらに細分化され、新たな形へと派生しています。もはや「サイドバックが中に入る」だけでは驚かれない時代になり、現代サッカーはさらに複雑でエキサイティングなステージに突入しています。
センターバックが偽サイドバック化する「偽CB」の登場
偽サイドバックの進化形として、最近注目を集めているのが「偽センターバック」です。これはセンターバックの選手が、ビルドアップ時に一列上がってボランチの位置に入る動きを指します。役割としては偽サイドバックに非常に近いものがあります。
なぜこの動きが必要になったかというと、相手がサイドバックの動きを厳重に警戒するようになったため、中央から不意を突く動きが有効になったからです。センターバックが上がってくることは相手フォワードにとって予測しづらく、マークのズレを確実に作り出すことができます。
ジョン・ストーンズがその先駆者ですが、日本でも町田浩樹選手などが同様の役割を期待されることがあります。守備の中心人物が攻撃にも深く関与するこの動きは、現代サッカーにおける「ポジションレス化(役割の固定解除)」を象徴する現象の一つです。
ダブル・インバーテッド(両サイドが中に入る形)
通常、偽サイドバックは左右どちらかの選手が中に入ることが多いですが、最近では「両サイドバックが同時に中に入る」という極端な形も見られます。これを「ダブル・インバーテッド・フルバック」と呼ぶことがあります。
この場合、最終ラインは2人のセンターバックのみが残り、その前に偽サイドバック2人とボランチが並ぶ「2-3」の形を作ります。中盤の底に3人のフィルターができるため、中央でのパス回しは文字通り鉄壁となり、相手はボールを奪う隙を見つけられません。
もちろん、サイドの裏を狙われるリスクは倍増しますが、圧倒的なパス回しで相手を押し込み続けることができれば、そのリスクを上回るメリットが得られます。自分たちが100%ボールを握り続けることを目指す、超攻撃的な布陣と言えるでしょう。
GKを交えたビルドアップの最終形態
偽サイドバックの動きをさらにサポートしているのが、ゴールキーパー(GK)の進化です。現代のGKは手だけでなく足元の技術も非常に高く、11人目のフィールドプレーヤーとしてビルドアップに参加します。
サイドバックが中に入った際、後ろに残るDFが少なくなりますが、そこにGKが加わってパスを回すことで、実質的な人数不足を補います。GKが最後尾から正確なロングフィードやショートパスを送ることで、偽サイドバックはより安心して高い位置や内側のポジションを取ることが可能になります。
今やGKは、ただシュートを止めるだけの存在ではありません。偽サイドバックを活かすための「起点の起点」として、チームの戦術構造に組み込まれています。マンチェスター・シティのエデルソンなどは、その完璧なモデルケースです。
守備時における可変システムの柔軟性
最新のトレンドでは、攻撃時だけでなく「守備の時だけ別の形に変える」ケースも増えています。例えば、攻撃時は偽サイドバックを使いながら、守備になった瞬間に別のミッドフィルダーがサイドバックの位置へスライドし、即座に5バックを形成するような形です。
これにより、偽サイドバックが戻るまでの時間を稼ぐだけでなく、相手の攻撃パターンに合わせて柔軟に守備の人数を調整できます。選手一人ひとりに複数の役割を覚えさせることで、相手のスカウティング(分析)を上回る複雑な動きを可能にしています。
このような戦術の柔軟性は、試合中の選手同士の高度なコミュニケーションと、長い練習時間によって磨かれます。戦術が高度化すればするほど、個人の技術だけでなく「チームとしての知能指数」が勝利を左右するようになっているのです。
| 戦術タイプ | 特徴 | 主な目的 |
|---|---|---|
| 従来のSB | サイドを縦に走る | クロスによるチャンスメイク |
| 偽SB | 中央に入りボランチ化 | 中盤の数的優位と安定 |
| 偽CB | CBが中盤に上がる | 相手の意表を突くビルドアップ |
| ダブル偽SB | 両方のSBが中に入る | 圧倒的なポゼッション支配 |
偽サイドバックをより深く理解するための注目ポイント

戦術の基本が分かってくると、試合を観る時の視点が変わります。偽サイドバックを採用しているチームの試合を観戦する際、具体的にどこをチェックすれば、その凄さや面白さをより実感できるのか。観戦のコツを伝授します。
選手の立ち位置の変化に注目してみよう
まず注目すべきは、自陣でゴールキーパーやセンターバックがボールを持った瞬間の「サイドバックの動き」です。ボールが動き出した時、サイドバックがタッチライン沿いに走るのか、それともスルスルと中央へ吸い寄せられるように移動するのかを確認してください。
もし中央へ移動していたら、それが偽サイドバックのサインです。その時、周囲の選手がどのように立ち位置を変えているかも合わせて見てみましょう。ボランチが一列上がったり、ウイングがわざと外側に大きく開いたりしているはずです。
ピッチを上から俯瞰するような視点で(テレビ中継の引きの映像など)、チーム全体の形がどう変化したかを見てみると、監督が描いている戦術の絵が浮かび上がってきます。選手のアイコン(点)が、どのように移動して図形(形)を作っているかを楽しむのが観戦の醍醐味です。
相手チームがどのような対策を取っているか
戦術には必ず「対策」が存在します。偽サイドバックに対して、相手チームがどう動いているかも非常に面白い観察ポイントです。例えば、相手のフォワードが中央に絞ったサイドバックをマンマークで追いかけていくのか、それとも無視してスペースを守るのかに注目してください。
もし相手が追いかけていけば、本来サイドバックがいた場所に大きな穴が開きます。そこに別の味方選手が走り込んでパスを受ければ、戦術は成功です。逆に、相手がその動きを読んでパスカットを狙っている場合、偽サイドバックは窮地に立たされます。
「攻める側の工夫」と「守る側の対策」。このチェスのような駆け引きこそが、現代サッカーの頭脳戦です。偽サイドバックがボールを持った瞬間、相手がどのように守備のスイッチを入れるのかを探ってみてください。
試合全体のポゼッション率とパス回しの変化
偽サイドバックがうまく機能している試合では、チームのパス回しに淀みがありません。選手が常にパスコースを確保しているため、ボールがスムーズに回り、ポゼッション率(ボール支配率)が自然と高くなります。データの数字以上に、観ていて「ずっと攻めているな」という感覚が強くなるはずです。
また、パスのネットワーク図などを見ると、サイドバックからフォワード、あるいは逆サイドの選手へのパスが、ピッチの中央を経由して網の目のように広がっていることが分かります。どこからでも攻撃を組み立てられるという安定感は、偽サイドバックが生み出す大きな特徴です。
逆に、偽サイドバックがうまく機能していない時は、中央でボールを奪われてショートカウンターを浴びる回数が増えます。スムーズに回っている時と、引っかかっている時の違いを意識することで、その選手の技術の高さや戦術の完成度が見えてくるでしょう。
フォーメーション図には表れない「可変」の面白さ
試合開始前のテレビ画面に表示される「4-3-3」や「4-4-2」といったフォーメーション図は、あくまで目安に過ぎません。偽サイドバックを採用するチームにとって、その数字は流動的なものであり、試合中は刻々と変化しています。
攻撃時は「2-3-5」のような形になり、守備時は「4-4-2」に戻る。この変幻自在な変化こそが、偽サイドバックの真骨頂です。実況や解説が「今は3枚になっていますね」と言った時、誰がどこに移動してそうなったのかを探すのは、宝探しのような楽しさがあります。
固定されたポジションに縛られず、全員が状況に応じて役割を変える。そんな「動くサッカー」の面白さを教えてくれるのが、偽サイドバックというキーワードなのです。この仕組みを知ったあなたにとって、もうサッカーはただボールを追いかけているだけのスポーツではなくなっているはずです。
偽サイドバックがもたらす変化と今後のサッカー界の動向(まとめ)
偽サイドバックは、サイドバックが中央に移動してプレーすることで、中盤に厚みを持たせ、試合を支配しようとする画期的な戦術です。ペップ・グアルディオラ監督によって世界中に広められたこの手法は、現代サッカーのスタンダードの一つとして定着しました。
この戦術の大きなメリットは、中盤での数的優位によるポゼッションの安定と、中央を固めることによるカウンターへの備えです。一方で、サイドのスペースを空けてしまうリスクや、選手に極めて高い知性と技術が求められるという課題もあります。まさに、現代のトッププレーヤーにふさわしい高度な役割と言えるでしょう。
現在では、センターバックが上がる「偽CB」や、両サイドが同時に入る形など、偽サイドバックから派生した戦術が次々と生まれています。日本人選手もこのトレンドにしっかりと適応しており、今後さらに進化していくことが予想されます。次にサッカーを観る時は、ぜひサイドバックの「立ち位置」に注目してみてください。きっと、今まで見えていなかった新しいサッカーの魅力に気づくことができるはずです。


